ソリューションコラム

CRE最前線!いま一度、事業用不動産の耐震性と向き合う

2023/10/13
CRE最前線!いま一度、事業用不動産の耐震性と向き合う

1. 建物の耐震化の現状

(1)住宅の耐震化率は大きく進捗

日本は世界有数の地震大国です。東日本大震災から12年超が経過しますが、今後30年以内に南海トラフ沿いで巨大地震が発生する確率は、政府の地震調査委員会の発表によると70〜80%と非常に高い数値となっています。南海トラフの巨大地震や首都直下地震が最大規模で発生した場合、東日本大震災を超える甚大な人的・物的被害が発生することが想定されます。被害を最小限に抑えるためにも、国は、住生活基本計画や国土強靭化アクションプラン2018などで住宅や建築物の耐震化率の目標を掲げており、耐震診断や耐震改修の促進に向けた支援制度を各自治体で設けるなど、積極的な取り組みを推進しています。

令和2年(2020年)5月に国土交通省「住宅・建築物の耐震化率のフォローアップのあり方に関する研究会」が公表した資料によると、平成30年(2018年)住宅(戸建て、共同住宅)の耐震化率は約87%という結果になり、前回調査時より大きく数値を伸ばす結果となりました(図1参照)。今後についても、令和7年(2025年)には耐震化率を95%に、令和12年(2030年)には耐震性を有しない住宅ストックをおおむね解消する目標を掲げています。

図1

(2)住宅以外の建築物

一方で、住宅以外の建築物の耐震化の進捗はどうでしょうか。平成31年(2019年)に改正された「建築物の耐震改修の促進に関する法律」(いわゆる「耐震改修促進法」)では、対象の建物所有者には耐震診断の実施と自治体への報告を、自治体には報告内容の公表が義務付けられました(表1 参照)。

東京都の場合は、平成30年(2018年)3月の結果公表以降、「東京都耐震ポータルサイト」にてタイムリーに情報が更新されており、令和5年(2023年)6月時点では倒壊・崩壊の危険性が「高い」とされた建物は119棟(15.2%)でした。同様に、倒壊・崩壊の危険性が「ある」とされた建物は70棟(8.9%)となり、「高い」と「ある」の合計は189棟(24.2%)でした(表2参照)。倒壊・崩壊の危険性が「高い」と「ある」の棟数は当時より減少しています。例えば、紀伊國屋書店の新宿本店が入る紀伊國屋ビルディング(新宿区)、JR新橋駅前のニュー新橋ビル(港区)などは、改修工事や建替えにより安全性が確保されました。しかしながら、結果公表から令和5年(2023年)6月まで数年間での耐震化の進捗は、あまり進んでいません。ではどうして耐震化が進まないのでしょうか。

表1
表2

(3)耐震化が進まない理由

耐震化が進まない理由の最大のハードルは費用面です。改修の程度にもよりますが、費用負担が数千万円単位となる場合もあり、その費用に見合った収益を獲得できるわけではありません。他にも、改修工事の工期が年単位になること、改修工事を実施することで建物の外観や内装が損なわれることが理由として挙げられます。資金的な余力の有無だけでなく、改修工事中の従業員の雇用を維持できないこと等といった経営面での負荷もかかります。また、どのような業者に相談、発注すればよいか分からない等の悩みを抱えている一般事業法人が多く見られます。

(4)さらに耐震化を推進するためには

耐震化を推進するためには、国や地方自治体による費用面での助成が欠かせません。建築物に対する耐震診断・補強設計・耐震改修の補助制度が未整備な市区町村の区域内に所在する建築物等については、国が直接的に耐震化に係る取り組みを支援することとしています。地方公共団体に補助制度がある場合は、地方公共団体の補助制度と併せて活用することで、耐震診断等の補助率が高くなるような措置となっています。以下に、東京都23区の補助制度一覧を掲載します。詳細は各自治体にお問い合わせください(表3参照)。

表3

(5)大きな事故が起きる前に

2022年9月、山口県下関市で自社倉庫として利用していた建物の一部が崩れ、社員3人が死傷するという痛ましい事故が起きました。建物の老朽化が進んでいたことが原因の1つにあると考えられています。これまでにも、地震による壁面のひび割れや雨漏りなどを修理しており、直近には、建物全体の建て替えに向けた費用の見積りも概算していたとのことで、これから本格着手する矢先での出来事となってしまいました。

このような事故が起きる前に、建物の老朽化対策・耐震化対策を実行することが、建物所有者としての責務かと考えます。万が一に備えることは、当該建物で働く従業員の方々の安心・安全に繋がり、精神的にもゆとりを持って働くことができます。生産性や効率性も向上することが期待できるとともに、社会的な信用力も高まり、将来的な企業価値の向上に繋がるものと考えます。

2. CRE戦略支援の事例紹介

老朽化した建物の事故などの報道も相俟って、事業用不動産の老朽化に対する問題意識は高まっています。当社でも、直近では、特に建物の耐震性に関するご相談を多くいただいています。ここでは、当社にて建築プロジェクトの企画・開発・推進をサポートし、CRE戦略を支援した事例をご紹介します。

(1)a社さまのケース ~店舗再編に伴う本店改修工事~

①情報受信

本件は、当社お取引先からのご紹介で、2019年2月にご相談をいただいたことがきっかけでした。a社さまは、東京都墨田区に本店を構え、その他に4店舗を展開しています。4店舗は、いずれもa社さまが所有しています。各建物の築年数は古く、耐震などの課題を抱えていることも認識されていましたが、低金利環境下で先行き不透明な状況のため改修には至っておりませんでした。しかしながら、将来を見据えた経営を考えるにあたっては、各建物が抱える課題のクリアが最優先との結論に至り、当社にご相談をいただきました。

②具体的な提案 ~フェーズに応じた細やかな対応~

フェーズ1:無償アドバイザリー契約

具体的な提案に向けた第一歩として、4店舗について念入りな現地調査を行いました。その結果、いずれも耐震性に課題があることを確認しました。a社さまの経営戦略(≒店舗戦略)と各店舗の不動産価値(ポテンシャル)の両面から検討する必要性があることをご理解いただくためのフェーズとして、「無償」でのアドバイザリー契約を提案いたしました。

無償アドバイザリー契約期間中では、a社さまが抱える課題整理のために多くのディスカッションを行いました。具体的には、4店舗の中での着手に関する優先順位、新しく店舗を新築する場合の建築費の概算、投資コストの可視化などです。お互いの信頼関係を構築するために、a社さまが抱える建物の課題に同じ目線で寄り添い、経営に関わる重要な課題であることを共有することに努めました。

フェーズ2:有償アドバイザリー契約への切替えと本店改修工事に向けた本格検討

課題整理を進める中で判明したことは、建物を新築すると、新築後の減価償却費の負担が大きく、収益に影響を及ぼす可能性が高いことが見込まれました。

しかし、これから本格検討に着手しようとしていた矢先に「新型コロナウイルス」が猛威を振るい始めました。この影響により、本プロジェクトは6ヶ月ほど一時的にストップしてしまいました。a社さまはこの期間中を「改めて自分たちなりにプロジェクトを考える時間ができた」とポジティブに捉えてくださいました。その後、プロジェクトの検討再開に伴い、有償アドバイザリー契約に切替え、本格検討に着手しました。

このフェーズでは、本店の改修工事の方向性、他店舗の取扱い、財務面(費用面)からの建替え是非についての検証を繰り返しました。a社さまの本業と不動産の両面から解決できる最善のシナリオの実現に向けて、相互で認識の齟齬が無いよう検討した結果、本店については、現在の営業を継続しながら耐震工事を実施し、今後も使い続けるという結論に至りました。

フェーズ3:建物調査と耐震診断

本店の改修工事にあたっては、建物の現状をより詳細に調査する必要があります。そのため、まずは当社のグループ会社である中央日土地ファシリティーズ株式会社(以下、FC社)にて建物状況調査とLCC(ライフサイクルコスト:建築から解体まで建物を使い続けるために必要なコスト)の作成業務を受注しました。さらには耐震診断業務をFC社にて受注し、本店の改修工事に向けた具体的なフェーズに進みます。今回の耐震診断業務は、上記1(4)でも記載したとおり、墨田区での耐震診断に関する助成金を活用することができ、費用面でもフォローできるような提案を行いました。

フェーズ4:設計と改修工事のスタート

耐震診断結果を基に、耐震改修工事の設計を詰めていきました。設計にあたっては、まずは耐震補強を最優先としました。その他にも、必要最低限の設備改修(照明のLED化・空調更新等)、業務で利用する会議室や応接室の内装工事、廊下や階段などの共用部の床改修を実施するなど、a社さまの要望と費用対効果を考慮した工事内容としました。

改修工事の発注にあたっては、数社によるコンペが予定されていましたが、約3年間に渡る当社からの継続的な提案や営業フォローをご評価いただき、2022年7月に設計監理契約、改修工事をFC社が受注し、改修工事がスタートしました。

フェーズ5:改修工事の終了、次の段階へ

最初にご相談を受けた時から約3年10ヶ月、新型コロナ等の影響による一時ストップもありましたが、2022年12月に改修工事が無事に終了しました。今後は、残る3店舗についての修繕・改修等を検討することも予想されます。a社さまのご要望に沿うような提案ができるよう、引き続き、サポートしてまいります。

before after

3. 当社のプロジェクトマネジメント

当社は、お客様の建築プロジェクトの企画、開発、推進を「プロジェクトマネージャー」として全面的にサポートするコンサルティングサービスを提供しています。

当社グループは総合不動産会社として、これまでオフィス、住宅、商業施設、ホテル、老人福祉施設等、数多くのプロジェクトを手掛けてきました。それらのプロジェクトを通じて習得した「発注者」としての豊富な経験とノウハウを活かし、企画段階から竣工後の運営/管理に至るまでトータルなソリューションを提供いたします(表4参照)。

表4

4. まとめ

CRE戦略は、各業界を取り巻く国内外の経済環境、企業の財務内容や経営方針などを総合的に勘案し、不動産個別の課題を解決するとともに、企業経営における全体最適の観点から“企業価値”向上に資する施策です。各企業は、ウィズコロナの新たな変化の潮流の中で、大きな経営判断を迫られる場面があるかもしれません。当社による“CRE戦略支援”では一時的・一過性の視点にとらわれず、さまざまな事象を検証し、付加価値を創造していくことでお客様の企業価値向上に貢献します。

(レポート:笠原 創)